2009年04月03日

妹について1追記

私の躁うつ気質、軽躁について話し合った時、妹が
「やっと謎が解けた」と言っていたのが印象的だった。
そして
「そういう(変である=躁うつ気質、軽躁の)自分のことを
 お姉ちゃん自身が理解したってのがいいことだ」
と言っていた。


妹はずっと、私のことを「お姉ちゃんはなんか変」と、
自分とは異質なものとして捉え訴え続けてきたのだが、
それを父親にも母親にも受け入れられなかった。

神田橋條治先生の説によれば
私の躁うつ気質は父方か母方かどちらかからの遺伝なわけだが
父親も母親も私のことを“異質”とは思っていなかったのだ。
はたしてどちらからの気質だろうか、とたびたび考えてはみるが
双方にこの躁うつ気質があってもおかしくないだろう。
実際どちらにもありそうなエピソードがある。


ところで、2007年の夏休みが終わったところで
父親と妹の話を挟んだのにはわけがある。

当時は2人とも、私のことをまったく理解してはいなかった。
当り前のことだ。

そして夏休み明け、
そういう2人とのやりとりで、私の精神状態は
さらに悪くなってしまったのだった。

それはまた後ほど。



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妹について1

私には3歳年の離れた妹が一人いる。
妹のことを話すのはとても難しい。

決して仲が悪いわけではないが、それでは仲がいいかというと
そうはいえない、なんとも微妙な仲だった。

やりたい放題の私がいけなかっただろう。
妹は妹ゆえ、“しいたげられた”という思いも強かったかもしれない。

しかし、それ以上の特別な感情が妹にはあったようだ。

私はできれば妹と仲良くしたかった。
だがなかなかそれができなかった。

幼少時からの私の立ち振る舞い、やられてきた数々の出来事が
妹にはずっと恨み辛みとして残ったのもあろう。
誰が比べることなくても、どうしても比べられてしまうことで生まれた
コンプレックスのようなものがあったかもしれない。
その張本人が近づいてきても、許せないものがあっただろう。
それに大人になってからも私は相変わらず妹を怒らせる事ばかりした。

しかし、それだけでは片付かない何かが、妹の感情にはあった。

のちに妹と腹を割って話せるようになった時、妹は私にこう言った。
「“姉ちゃん”っていうだけで、なんかムカついたんだよね」
「同じ姉妹なのに、なんで私とこうも違うんだろ、って不思議だった」
「私がどれだけ『姉ちゃん変』って言っても、お父さんやお母さんは
 『あんたはお姉ちゃんに冷たいねえ』って、相手にしてもらえなかった
 でも、明らかに何かが変だったんだもん」


妹が私のことを“変”と感じていたもの、それこそまさに
私の躁うつ気質(の軽躁成分)そのものであった。
妹は私の気質を、軽躁を、明らかに自分とは異質なものとして、
敏感に察知していたのだ。
このことに気づいたのは、診断を受けてからずっと後になって
自分のことを十分把握した上で妹と話してからだった。

「あんたが今まで『お姉ちゃんヘン』って思っていたのは正しかったんだよ
 それは、双極2型障害の、軽躁っていう病気のためだったんだよ」と。


やっと私たち姉妹は、それなりに仲のいい姉妹になれたように思う。
妹はどう思っているか知らないが、私はそう思う。

そういう意味では、私は病に感謝している。
“双極2型障害”と診断され、自分のことを客観的に理解できなかったら
妹と今のような関係にはなれなかっただろう。

ありがとう、と言いたい。



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2009年04月02日

父親について1

2007年11月に私が精神科クリニックを受診し
双極2型障害と診断されてのち、父親は私を、
そして双極2型障害を理解するために、必死であったと思う。
私の話を一生懸命に聞いた。
私が勧める本を一生懸命に読んだ。
今では主治医、S先輩とともに、
私を誰よりもよく理解していると思う。


また、父親が思春期以降の私と接してきた中で、絶対に忘れられない
“事件”と名を付けているような出来事がいくつかあった。
種が明かされれば、それらはすべて
私の軽躁の怒りモードがマックスに達した、
それはそれは通常の人では手のつけられないような怒りであったのだが、
父親はそれらの被害を一番被っている人でもあった。

なので診断がつき、それらの“事件”が
実は「軽躁」という悪魔のせいだったと知り、
父親は心から安堵した。

そして治療が進み、
私がもうあの恐ろしい私にはならないであろうことを知り
一番喜んだ人でもあった。

一方で、あの恐ろしい私に懲り、二度と私がああはならないよう、
「地雷を踏まないように(by父親)」おっかなびっくりしながら
学習をし態度を改めていったその努力には頭が下がるし
本当に感謝している。
おかげで私が父親とのやり取りで気分を害し爆発するということは
以前と比べたら今では皆無といってよくなった。

しかしこのような理解が進んだのは、診断後ある程度時間が経ってからである。
2007年の夏休み明けの時点では、当然まだ何も理解されてはいなかった。
当たり前である。

当の本人ですら、自分のことを何もわかってはいなかった。



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posted by きらきらちょうちょ at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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