2010年08月24日

いのち

用事があって母親に電話をしたら、母親が少し興奮して
「今ね、たっちゃんが来てるの!」
と。

「たっちゃん」とは、母親の弟である。
去年の夏、末期の肺癌がみつかり、闘病生活をしている。
http://bp2.seesaa.net/article/125709373.html
先日は脳に転移も見つかり、ガンマナイフによる治療をうけたばかりだ。
母親は祖母をつれて、数か月に一度は東京にいる叔父を見舞っていた。


叔父夫婦は突然思いたって、東京から遊びにきたとのこと。
母親は突然の訪問に驚きながらも、幼少時に住んでいた
思い出の地をまわったりして、楽しい時間を過ごしたらしい。

そんなことを一生懸命話す母親の言葉を電話口で聞いていたら
なんだか涙がこぼれてきた。


叔父の命は、もうそう長くはない。
だが、今を生きている。
大切な人に囲まれて、少しでも長くと思って生きている。


私も生きている。
一生懸命。

やはり思い出すのはこの詩だ。
http://bp2.seesaa.net/article/149707874.html



ランキングに参加しています
クリックをお願いいたします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村


posted by きらきらちょうちょ at 22:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月16日

両親

私の父親は魚釣りが趣味だ。
いや、趣味というよりライフワークと言った方が正しい。

会社勤めをしている頃はもちろんだが
数年前に定年退職した後はより一層、魚釣りに精を出している。

釣る魚は鮎、鯛、平目と高級魚ばかり。
実家ではこんな魚を当たり前のように毎日食べている。
(ちょっと大袈裟か 笑)

父親によると、釣りは自然との対話だそうだ。
永遠なるいのちを“ゾーエー”と呼ぶ話はずっと以前書いた
父親は無意識のうちにこのゾーエーを既に知っていた。
釣りをしながら、ゾーエーの中にいた。

父親は時々釣ってきた鯛をS先輩宅や主治医宅に送る。
びっくりするぐらい大きな、横綱が優勝した時に持つような鯛だ。
つい先日も送ったばかり。





母親は買い物と食べることが大好きだ。
父親がデパート勤めをしていたこともあって、
毎週のようにデパートへ行く。

料理の腕前は見事で、何を作っても美味しい。
実家では外食はほとんどしない。
たまにすると、「家で食べたほうが美味しい・・・」と皆嫌がる。


母親は美味しいものを食べれば「わー、美味しい美味しい」、
お値打ちに買い物ができれば「わー、嬉しい嬉しい」、
必ず2度言う。
なんだか子供みたいだ。

母親の喜びようは傍から見ていると本当に可愛らしい。
何かやってあげ甲斐がある。
5月に還暦を迎えたため、私は時計を贈ったのだが
いまだに「この時計は良かった♪」とはめるたびに言う。


両親ともに、世話好きだ。
いや、というより、お節介だ。
そして一生懸命にするあまり、ちょっと、いや結構くどい(汗)。
それに思ったことはよく考えずすぐ口に出す。

もっと表現形をスマートにすればいいのに、損な人たちだ、といつも思うが
とはいえ、こんな両親の本質を見抜ける人は必ずいるので、問題はないとも思う。





今日は親戚が実家に集まったのだが
最近認知症の夫を施設に預け、一人暮らしをしている祖母の妹(もう相当な歳だ)に
母親は
「おばさん、これからも時々こうやってご飯食べにおいで」
と言っていた。
ただ単純に、素直にそう思ったのだろう。
この一言を聞いて、とても優しいな、と思った。





こんな両親が、私はとても好きだ。

いつだったか主治医が
「親が(患者の)足を引っ張ることはとても多い
 その点あなたのご両親は全く問題がない、素晴らしい」
と言っていた。



両親には本当に感謝している。
今があるのも、2人がずっと私を支えてくれていたからだ。


どうもありがとう。



ランキングに参加しています
クリックをお願いいたします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
posted by きらきらちょうちょ at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月22日

三連休/満たされた気持ち

三連休は実家で過ごした。

もともと母親と祖母は遠方に住む妹の家に泊りがけで
出かける予定であり、私は特別予定もなかったが
実家で飼っていた犬が亡くなったばかりだったのもあって
父親が一人で残されるのも可哀想かなと思い実家にいることとした。

といっても初日は松本に行ったし
2日目、3日目も美術館や油絵教室に出かけたので
べったり2人でいたわけではなかったが
それにしてもこんなことは珍しかった。
通常は必ず母親か祖母がいるので、
ずっと父親と二人きりなんて初めてのことだ。

朝食は毎朝私が簡単に用意し2人で食べた。
夕食は2人で外食をした。
初日は焼鳥屋、2日目は回転寿司。


今日は一人で美術館に行き、観終わったら父親に迎えに来てもらい
そのまま昼食を近所のショッピングモールのカフェで食べた。
食べながら2人でいろいろ話していたら、父親がこう言った。


こんな風にお前と2人で3日間も過ごすなんて初めてだ。
しかもこんなに満たされた気持ちで・・・。
以前のお前とだったら考えられなかった。
(→きっと何かトラブルが起こって怒ったり揉めたりしたに違いないので)
ここ数年のお前は、10年前ごろのお前とは全然違う。
明らかに今のお前の方が良い。
以前のお前に戻ったというのではなく、新しいお前になったのだと思う。
以前は俺もお前はどうしてそんな風なんだと思うことがいろいろあった。
(↑軽躁ゆえ引き起こした数々の揉め事)
だがそれが病気になって、○○(妹の名)が言っていたのと同じように
どうしてなのかやっとわかった。
謎が解けた。
今は本当に良かったと思っている。





私も、結局は良かったのだと思っている。

病になり、前に勤めていたI病院にいられなくなって
私はとても苦悩した。
辛かった。
だが病にならなかったら、今日のような穏やかな日はなかっただろう。
父親と3日間も一緒にいて、何事も起こらず
こんな風にしみじみと話をすることなどできなかっただろう。



なんだかんだいってやっぱり良かったのだ。
心からそう思っている。



ランキングに参加しています
クリックをお願いいたします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
posted by きらきらちょうちょ at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月21日

約束

今日は母親と祖母が以前から予定していた通り
遠方の妹の家に泊りがけで遊びに出かけた。
(犬は本当にタイミングを計ったように、昨日亡くなったのだ。)
私も予定通り松本へ出かけたので
昼間父親が一人で犬の亡骸を火葬場へ持っていった。

夕方私は松本から戻り、父親と2人で夕飯を食べに出かけた。
普段は母親や祖母がいるので行くことのない近所の焼鳥屋で
飲みながらいろいろ話した。

食事が終わって家に帰ってからは父親と2人で
父親が撮りためていたテレビ番組の録画を見た。

あれやこれや見ながら話していたら、父親がこう言った。
「お前は死ぬなよ。
 正直俺はお前の呼吸が聞こえてないと心配でしょうがない。
 ○○(犬の名)が死んだだけでもこんなに辛いんだから
 お前は絶対死んだらだめだぞ、約束してくれ。」


私は指切りして言った。

「絶対死なないから、自信を持って約束するから。」


これからも死にたいと思うことはきっとあるだろうが
本当に死ぬことは絶対にしない。

大丈夫だから安心して。



ランキングに参加しています
クリックをお願いいたします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
posted by きらきらちょうちょ at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月19日

有限なるいのち

先ほど、実家で飼っていた犬が亡くなったと
父親からメールが来た。
ゴールデンレトリバー(大型犬)で、15歳と5か月と2日だった。
人間にしたら100歳を超えた大往生だ。

その犬はちょうど妹が大学受験の時に実家にやってきた。
私は大学生で下宿していたものの、実家は近かったので
本当は犬と遊ぶために頻繁に実家に帰りたかった。
しかし
「お姉ちゃんが帰ってくるといろいろ面倒なことが起こって
 勉強の邪魔になるから帰ってこないで」と妹に言われ
あまり実家に帰らせてもらえなかった。
そのため子犬のころに触れることができず、なんとなく
よその子(犬)のようなよそよそしさを感じたりしていた。
この時の妹の私に対する気持ちは、以前書いたように
私の軽躁ゆえ引き起こすトラブルを妹が感じ取り毛嫌いしていたからだ。
(→妹について1妹について1追記




人間に限らず、いのちが有限であることはよくわかっている。
だけど悲しいものだ。


私の祖母は2人ともまだ健在で、父方の祖母は
両親と同居していて、明後日91歳となる。
ほとんど呆けていないしまだまだとても元気だ。
私の好奇心や知的向上心は祖母譲りだと思う。
祖父母との同居で母親は苦労しただろうが
私たち子供にとってはかけがえのない経験だった。

だがそんな祖母も、いつか遠くないうちに亡くなるだろう。

そして私の両親も、いずれ亡くなるだろう。


病になって、私は改めて、両親のありがたみを知った。
両親が絶対的な存在で私を支えてくれているから
私は安心して病を生きることができたのだと思う。

私の中には祖父母や両親という血の繋がりが脈々と流れている。
いのちは有限だが、この絆は無限だ。



ひとつのいのちが消えて、そんなことを連想した。



ランキングに参加しています
クリックをお願いいたします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村
posted by きらきらちょうちょ at 16:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。