2015年07月01日

またまたお久しぶりです

皆さま、ご無沙汰しております。
前回の記事より1年と数か月経っての更新です。

更新するにはわけがあります。
Twitterを通じて知り合った女性と先日初めてお会いする機会があったのですが
なんとその方の御子息が双極2型障害だということ。
(うすうす何かに感づいてはいましたが。)
そのためこのブログを紹介しますよ、ということになり
久しぶりに更新してみようと思った次第です。

その方(M子さんと呼びます)には最初から時系列に読んでいただくのが一番よいと
思っていますが、それにしても今現在の私の状況とあまりに違うのに驚くでしょう。

現在の私はこんな感じです。
年も40代になりました。

昨年1回り半近く年下の男性と結婚しました(私は再婚になります)。
彼は100%とはいいませんが私の病状のことを理解し、また
調子が悪いときの粗暴な振る舞いにも耐えてくれる忍耐力包容力があります。
神田橋先生のお言葉に、患者の自助の力を支える“抱えの場”というものが
患者の周りに存在する、とコツ3部作のおそらく精神科養生のコツにあるのですが
彼はまさにその“抱えの場”そのものであると思います。
主治医がまずそう見抜いていました。
年も若くやっと社会人になったばかりで教養も乏しく一般的には“頼りない人”ですが
私のパートナーとしては本当にがんばってやっていると思います。

仕事ですが、H診療所の副所長としての務めはまっとうしています。
月に1度ほど軽いうつは来ますが丸々休むことはなくなりました。
昨年10月より気分安定薬が変わり主治医曰く「良い意味で鈍になった」そうで
初めてリラックスができるようになり、悩まされていた腰痛もなくなり
仕事に集中することができるようになりました。
何より「鈍になった」おかげで睡眠薬を飲まずに眠れるようになりました!
睡眠薬では、ODしたり夢遊病のような副作用で火の不始末や調理で手を切ったり
危険を感じていましたので、やめられたことは本当に喜ばしいことです。
その代わり朝がなかなか起きられなくなり、いつも遅刻ギリギリ、とくに
毎週明けは調子が悪いので、月曜午前の遅刻率の高さはちょっと問題なのですが
他でカバーしているということで目をつぶってもらっているというか、
申し訳ないと思いつつ甘えさせてもらっています。
その他にも法人から頼まれた仕事などもこなし、
また、月に2〜3度の別のクリニックでの診療も続いています。

この、薬が変わったことには神田橋先生に学会でお会いして
例によって呪文のようなおまじないのようなもので薬を決められたのですが笑
主治医は今回も「それはありがたい」と快く神田橋先生の提案を受け入れました。
結果は大吉です。

主治医のもとへの通院は3週間に1回続けています。
新幹線を使いさらに在来線を使い片道3時間半ほどかかり交通費も要りますが
私にとってはやはりこれがベストの方法だと思い続けています。
主治医への通院は可能な限り続けていきたいです。


もともと私はどこかで「躁鬱病者でもちゃんと仕事ができると証明したい」
「躁鬱病者でもちゃんと結婚生活が成り立つと証明したい」と思っていました。
今のところこの両者はできていると思います。
あとは「躁鬱病者でも子どもを産み育てたい」という願望があります。
これについてはもう私も高齢になりましたので
別の意味で難しいことかもしれませんが、現在不妊治療を受けております。
こちらについてもおかげさまでいろいろと勉強させていただき、
医師としての自分にもプラスになりましたし
職場の理解もあり、通院にも協力的であまりストレスなく受ける事が出来ております。

私は躁鬱病者ではありますが、以前にも書いたように
「躁鬱病者の私」から「ただの私」へと主体が変化しております。
躁鬱病は個性ととらえ、困ることもあるけどこれが私だからしょうがないよね、と。

M子さんにはこのブログを最初から読んでいただくことになると思うのですが
とにかく量が多いし、昔の記事はほんとヘビィですね。
でもあれは真実でした。
私自身が別人になったわけではなく、あのときの私も今の私も同じ私。
生き延びるために必死でもがき苦しみ
じたばたしてひたすらその1日を生きていました。
そうしていろいろな経験を積み、今の私へ進化したのだと思っています。
そしてこれからもまだまだ、進化していこうとチャレンジし続ける毎日です。

では、とりあえず今日はこの辺で。


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posted by きらきらちょうちょ at 12:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 現在 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
突然の書き込み失礼致します。2.3年前から時々ブログを拝見させて頂いていました。更新されなくなってからも、またいつか更新されるかな・・と待っていました。私は拒食症と言われ、20そこそこで看護短大を辞めたのですが、その後も波があり、5.6年前から鬱の治療をしていたのですが、中々良くならず、何なんだろう・・と思っていた時に双極性障害U型のブログに出会い、自分と症状が似ている人達がたくさんいて、主治医に聞いてみても違うと思う。と言われていたのでそのまま鬱の治療をしていましたが、今年になり光トポグラフィーの検査をさせて貰える事になり、受けた所、双極性障害のパターンである事が分かり、先月から薬など色々変わってきています。薄々分かっていたのですが、ここまで来るのに大変で、まだ受け入れられていない状態で・・・でも、先生のブログに、躁鬱病患者でも、仕事や結婚が出来ると証明したい。と書かれていて、少し希望が持てました。私は、体調の良い時にバイトをしたりしか出来ず、高校から看護の勉強をしていたのに、人の役にもたてず、ずっと自分が何なのか分からなかったので、恋愛もした事がありません。もうすぐ40になるので、15年以上は何が何だか分からず、死んだほうが良いんじゃないか、という思いとの戦いでした。でも、ここに来て診断がつき、治療法があるのだから、またひとつひとつやってゆこう・・と思っている所です。先生のブログを拝見し、その思いが強くなりました。長々と自分の事を書き連ねてしまいすみません。先生がお元気で生きておられる事が希望になります。ブログの更新有難うございました。お身体に気を付けて、平和な日々をお過ごし下さい。私も少しづつやってみます。
Posted by mari at 2015年07月03日 14:16
きらきらちょうちょさん
はじめまして!
BP1のRakkyouです。このブログは数年前に見つけて関心をもって読んでおりました。更新を止められて寂しい思いをしておりましたが、久しぶりの更新に嬉しく思っています。お元気そうで何よりです。
私はなんとか会社勤めの定年を来月迎えられそうです。このブログには励まされてきましたので大変感謝しています。
Posted by Rakkyou at 2015年07月03日 19:55
更新ありがとうございます。本当に単純に、
嬉しかったです。かつて、愛読しており、
時々、コメントも書きましたが、
そのときの名前は失念しております。

このブログが拠りどころになっていた時期もあり、
また、コメントいたしました。

たった今、神田橋語録を読んでいて、また、ここを
訪れました。
身内の診察のためでしたが、鹿児島の伊敷病院で
1990年代に神田橋先生にお会いしたことを
懐かしく思い出します。
迷ったときは、このブログと神田橋先生です。
とりとめなくなりました。

拝読した限り、なかなかお忙しいことと察します。
くれぐれも、ご自愛くださいませ。


Posted by poko at 2015年08月29日 20:59
ご無沙汰しております

常々思うんですよ この病気とは一体悪であるかどうか
能力として使いこなせば それが出来る様になったとしたら 神ががっています
日常のIQを瞬間的に上げられる 感性が鋭くなる 仕事が出来る
そうやって生き延びている者もいます 貴重な症例です
精神科医の娘も驚愕しています 可能性の問題かもしれませんが 実例です

人間は いつでも自分のもっていないものに憧れる
たとえば おわりのない純潔
終わりのない 美の結晶 最強な何ものにも傷つけられない硬い純潔
好奇心はいつだって新しい道を教えてくれる
覚えても学んだとは限らない
あらゆるもののなかに中庸と均衡を見つけ出せます
いかに話すかを学べます
そしてそれを学んだら次はいかに教えるかを学べばいい
私たちの苦しみの多くは私たちが考えすぎることに由来します
同時に私たちは健全な思考は停止します
私たちは私たちにとって そして他人にとっての長期的な利点と不都合を考えない
当座の満足にしか興味を示しさない
結果はいつも結局私たちの身に降りかかってきます
あなたの夢は何んですか?
あなたの目的とするものは何んですか?
それさえしっかり持っているならば コントロールできます

必ずや道は開かれますよ  失礼しました


Posted by 風 蘭 at 2016年01月29日 00:14
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