2010年02月14日

今日の一文(2/14)

 精神科治療の第一は、先ず精神療法です。精神療法とは難しい言葉ですが、私は「抱えの環境を提供すること」と考えています。安心できる雰囲気を提供すること、と言い換えてもいいでしょう。「水が魚を支え、活かすように」がモットーです。
 私は、精神科の病気は脳の病気と考えています。分子レベルではそのことは既に証明されていると考えます。ですから薬物療法は必要なことが多いのです。精神科で使われる薬物は、神経細胞と神経細胞との間にある空隙(シナプス)をこえて、結びつける神経伝達物質を増減させる作用があります。これは特効薬ではありませんが、病気の本態の一歩手前で効く薬です。薬への頼りすぎはもちろんいけませんが、薬への不当な不信も謹んで頂きたいものです。でも、一番の治療者は「時間」であり、ついで精神科医、三番目に薬がきます。ですから、よりよい未来を信じて待つことがとても大切です。
 (中略)
 治療の柱はあなた自身に備わる自然回復力です。これがのびのびと活躍することによって病気は癒されていきます。この自然回復力を抱える形で自助の力があります。これは、病気を治そうと意志する力です。両者を合わせて主体の力と呼びます。そして、その主体の力を抱えるものが「治療」です。主治医、薬物、種々の心理学的技法はもとより、看護婦、受付スタッフ、一枚の絵、一輪の花、あらゆる物が治療に貢献します。「一木一草これ治療者」を心掛けて、建物は木をふんだんに使いました。ソーラーシステムによって冬は暖かく、夏は涼しく、空気が建物の中を循環しています。そして、入り口と出口を別にしました。
 苦訴を持つあなたと、あなたを助けようとする私とが初めて出会います。人と人との対等の出会いです。袖振りあうも他生の縁と申します。縁に導かれて出会った二人がよりよい未来を目指して「同行二人」を続けます。そして、治療が終結する時がやがてきますが、出会った関係に別れはありません。あなたの心の中で、私はいつも同行していきたいと思います。

主治医のクリニックのパンフレットより



私が主治医のクリニックに通院することになったきっかけは以下の通り。

http://bp2.seesaa.net/article/117814724.html
http://bp2.seesaa.net/article/117837666.html
http://bp2.seesaa.net/article/117869561.html

ここで重要な役割を果たしたこのパンフレットは
今読んでも本当に感動する。
この文章自体が治療者の役割をするのではないだろうか。


主治医はとある一般医向けの講演で
「初診の出会いを大切にしてください。
 初診の出会いとは、沸騰したお鍋の底から立つ泡と一緒です。
 本当に偶然に、ある泡とある泡とがお鍋の底から同時に立った、
 そんな奇跡のような出会いだと思ってください。」
と話したことがある。

それ以来、私が患者に接する時はいつも
お鍋の底から立ちのぼる泡のイメージが頭の中にある。


まさに出会いとは奇跡だ。



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posted by きらきらちょうちょ at 23:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 今日の一文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
素晴らしい先生ですね。
パンフレットに書かれている言葉に、希望を持てます。

私が1年以上鬱の治療をしてもらっていて、なかなかよくならず、またそこの精神科は待ち時間が長い上、待合所が狭く、とても圧迫感があり、他を受診しようと思いました。
選んだのは、鬱専門のクリニックで、病気が鬱に限定されていることと、予約制というのが決め手でした。
広い待合に、優しい音楽が流れ、幸福の木が置いてあり、置いているソファーもきれいだし、人もそんなにいないので、なんだか落ち着けました。
そして1回目の診察で双極性障害と診断されたのです。
あの時変わらず前の精神科に行き続けていたら、今のようにはいかず、ずっと調子が悪い中、仕事をし続けていたと思います。

今は、同調性はありますが、職場のみんなから嫌われている、とか馬鹿にされているという被害妄想もなくなって、楽になっています。
以前、先生は主治医の先生から「治ります。」といわれるといっておられましたが、治るということを本当に信じられるようになっています。

先生の主治医の先生のような方ではありませんが、うちの主治医は加藤先生派で、時間をかけて、お話を聞いてくださいます。そして帰り際に「また来てください」と声をかけてくださるので、次も行かないと!という気持ちになります。
Posted by りん at 2010年02月15日 00:34
ほんとに素晴らしい。読みかけて、神田橋先生の言葉かなと思いました。こんな方と毎週会えるなんて、ほんとにうらやましいです。

りんさんも上に書いていますが、この病も「治る」「治せる」という希望を持てるかどうか、そして「治そうと意志する力」を起こせるかどうかが、とても大切なことのように思います。気持ちの合う治療者がその希望を信じて語ってくれる人であれば、ほんとに心づよいですよね。

私は「鬱」の症状を自覚して心療内科を訪ね、躁鬱病の診断を受けてからほぼ1年になりますが、「体を休める」「辛いことは考えない」「経過にまかせる」というような態度で来ました。神田橋先生の『精神科養生のコツ』なども読みましたが、あそこで紹介されているようなことを実践したりはできていません。
Posted by バイポーラーS at 2010年02月15日 22:14
(上のつづきです)
でも、最近、「お腹の元気をつくろう」とか「体の気持ちいいを感じよう」とか、前向きな気持ちも少し持てるようになりました。

このブログを読んで刺激されたり学んだり、きらきらちょうちょさんとやりとりさせてもらったりしていることのプラス効果です。
Posted by バイポーラーS at 2010年02月15日 23:23
りんさん

コメントありがとうございます。

「精神科養生のコツ」には、相性の良い専門家にであうために
ドクター・ショッピングすることはよいことだ、とあります。
りんさんが今の主治医の先生のところへ行って気持ちがよいと感じたなら
きっとそれでよいのでしょうね。

私は「治ります」と言われても信じられませんでした、と
主治医に言ったら、主治医は笑って
「頭の片隅に覚えていてくれたらそれでよかった」と言っていました^^;
Posted by きらきらちょうちょ at 2010年02月17日 17:31
バイポーラーSさん

コメントありがとうございます。

ほんと、今では毎週とても貴重なレクチャーを受けに行っている気がします。
一方で主治医も毎回「今日もいい話が聞けちゃった」と言われます^−^
主治医は神田橋先生の治療法にならっていますので
神田橋先生の著書を読むと主治医が言っていたことがたくさん出てきます。
神田橋先生の教えを主治医なりにアレンジしているという感じです。

“治ると思えること”ってとても大切ですね。
そう思えるような、希望をもてるような環境を作り
抱えの場を提供するのが精神療法なのですね。

お腹や体の感じを味わうことはとてもいい治療法だと思います。
まさにフォーカシングです。
自分にもできそうな、好感の持てることからやってみて、
気持ちがよかったら続けたらよいのだと思います。

主治医がよく「私は和洋折衷、いいことなら何でも取り入れる」
と言っています。
Posted by きらきらちょうちょ at 2010年02月17日 17:55
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