2009年03月24日

診断前、発病当日続き

午前中は外来をJ先生に代わってもらい、診療部長室で一人休んでいた。
体が鉛のように重く、世に言う「思考制止」とはこのことか、と思った。
しかし、午後には病棟に行き仕事をしないといけない。
午前中のことを外来にも謝りに行かなければならない。

そんなこんなで忙しくしている間にも、Y医師から
急変患者はその後どうなったのか、どうすればいいのか、などと
質問攻めにあう。
午後人手が足りなくて救急搬送患者に付き添って救急車に乗ったが
その間も彼女から私の携帯に電話があり指示を求めてくる。

正直逃げたかった。

この時私は“本物”の、「内因性のうつ」がどんなものなのか、知りもしなかった。
まさか自分自身が内因性のうつになるとは思ってもみなかったし
仕事の忙しさに加え自分自身の余裕のなさ、未熟さが原因で
うまく対応ができていないのだと思っていた。


この出来事以前にも、Y医師への接し方に対しては悩んでいた。
S先輩に相談し、こんなメールを送っていた。

彼女も余裕がないのでイライラすることもある
こちらが万全ならそんな彼女の態度も特別気にならないだろうけど
現在Depressiveだから、特に気になるのでしょう
(もともとは全然気にならなかったので)

◇自分の反省点として
怖い
言葉・態度が相当キツイ(←昨日言われた中で最もイタかったです)
特に親しい人になればなるほどこの傾向があり
家族はその最たるものであるがこれはよくない
家族以外の人でもそう
親しき仲にも礼儀ありで、大切な人こそ接してもらいたいように接するべき



おそらく、4、5月で軽躁が進んで
軽躁のいい面だけではなく、悪い面も加速していたのだろう。
Y医師対しても以前より乱暴な態度であったに違いない。

4月にスタートしたI病院の新体制は、若いY医師たちにも重圧であった。
そんな中で余裕のなかったY医師は、私の態度に対して反発し出した。
6月以降うつへ転じた私は、Y医師のちょっとした態度がきっかけとなって発病した。



以下、S先輩とのメールのやりとり。

*(私)
> ところで,どうですか?
> 復活してきましたか?

駄目ですね。
体が鉛のようです。
昨日当直でしたが、夜中の3時から覚醒しました。

とりあえず、あれ以来
Yさんとはほとんど口を聞いていません。
(というか、顔を合わせていません。)
恐怖対象のようです。

たぶん、今仕事量が増えると本当に壊れると思います。
今から明日のカンファも憂鬱ですし。。。


*(S先輩)
なんでそんな極端なことになってしまったの?

ベースに調子の悪さがあるのでしょうけれど,
針が一気に反対側へ振れてしまったように思えます。

> (朝っぱらから泣いて外来を放棄しそのうえ
>  全職員に変に気を使われてねぎらわれたわけですから・・・)

一般的に言うと,尋常じゃないです。この事態は。



今改めて読み返すと、このS先輩の指摘は正しい。
「針が一気に反対側へ振れてしまった」のだ。


そう、尋常ではない何かが、私の人生に起こった気がした。



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posted by きらきらちょうちょ at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 診断前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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