2009年03月24日

診断前、発病当日

それは2007年の6月29日のことだった。


今まで書いてきたように、4、5月の軽躁期を経て
6月に入った私は徐々に抑うつ的となっており
不安定な精神状態であった。


その日は確か金曜日だったと思う。

いつもより遅めに病棟に行った私に後輩のY医師が私を見るなり
「○○さんの呼吸状態が悪かったので、酸素濃度を上げました」と言ってきた。
その患者は慢性の呼吸不全(病名:COPD)が基礎疾患にあったため、
酸素濃度を急に上げるとかえって病状を悪化させることにもなる。
なのでY医師から「酸素濃度を上げた」と言われて私はカッとなって怒った。
「なんで!?この人COPDだよ!」
それに対しY医師は医学的に反論し、さらに
私に連絡しようとしたが繋がらなかった、と言った。
I病院では、なぜだか病棟から電話をすると私の携帯には繋がらず、
いちいち事務所からかけてもらっていた。
それは看護師には周知のことだったが、Y医師はそれを知らなかった。
Y医師は看護師に頼まず自分で私に電話をしたのだった。

そのことを伝えると
「そんなこと私は知りませんでした」
「そういうことは、電話の横とかに書いて貼っておくべきなんじゃないですか」
「先生に連絡がつかなかったから私が対処したんです」
と、矢継ぎ早に怒った口調で反論された。


起こった出来事といえば、これだけである。
今改めて思い返せば、そう問題のことではあるまい。


急変した担当患者に対処してくれた後輩医師に対し
私は礼を言う前に文句を言ってしまった。
それに対し彼女は怒った。
しかしその怒り方もまあ、先輩医師に対してというには少々失礼ではあった。

でも、これだけのことである。

しかしこの瞬間、私の中の何かが崩れた。


その時のことをS先輩にあてたメールにはこうある。

ところが(今日はいつもより遅めに)病棟に行ったら
私の患者さんのことでいろいろとあり
もとはといえば私のYさんに対するものの言い方が悪かったことが発端で
その結果今まででも一番厳しい反論をされまして。

総崩れ
泣きながらその患者さんの血ガスをとり、泣きながら検査室に行き
泣きながらJ先生に今日の午後の学生実習のキャンセルをお願いし
そのまま外来もやめなさい、僕が代わりに診るよ、となりました。



病棟のナースステーションでY医師にビシっと言われ、私は
本当になすすべもないくらい、おいおいと泣きだした。
だけどやることはやらねばならない。
そのまま患者のところへ行き、泣きながら採血をし、
泣きながらその注射器を持って検査室へ行って緊急検査の機械を回した。
その間たくさんのスタッフが、私を見ていた。
そして泣きながら新しい指示を出し直し、逃げるように医局へ行った。

医局にはJ先生がいて、ただならぬ私を見て、診療部長室で2人で話をした。
とりあえず午前の外来はやめておきなさい、と言われ
代わりにJ先生が私の予約患者も診てくださることとなった。


明らかにここから、私の中の何かが壊れた。
この日が発病の日だと思っている。

そしてこの日以降、私はずいぶん長いこと
Y医師の陰に怯え、彼女から逃げるようになった。



ランキングに参加しています
クリックをお願いいたします
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村


posted by きらきらちょうちょ at 19:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 診断前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。