2020年04月17日

お久しぶりです、もろもろご報告があります

お久しぶりです。
前回の記事の更新が2017年9月なので、2年半以上経ちましたね。
この間、いろいろなことがありました。
少しずつご報告するつもりでしたが時間が経ってしまいました。
申し訳ありませんが一気にご報告します。

まず。
2018年秋より、勤務先の診療所の所長になりました。
目標の一つである『躁鬱病でも仕事をちゃんとする』は達成されていると思います。
もともと2010年より勤務し、双極2型障害であることを伝えたうえで
ときどき調子を悪くして休むことも考慮してもらったうえで勤務していました。
前所長はご年配で、身体疾患の持病をお持ちでお互い助け合うような関係。
私は仕事ができるときはバリバリこなせましたので、以前から診療の要は私でした。
私の体調も安定しており、前所長もご年配になったということで、交代となりました。
交代後は責任感も増し、ときどきの体調不良で休むことはありますが
全体的には問題なく所長職をまっとうしております。
副職としてやっている土日の女性クリニックでの勤務も継続しています。

次に。
15歳年下との夫の結婚生活ですが、付き合って8年、結婚して6年を迎えようとしています。
いろいろありましたが、無事継続しております。
目標の二つ目『躁鬱病でも結婚生活を維持する』もなんとかできています。
ほんと、いろいろありました。
双極性障害の伴侶を務めるということは大変なしごとです。
夫も大変だったと思いますが、主治医のアドバイスの元
何度となくあった危機も乗り越えてこんにちまで継続しています。
共に生活していく中でわかったことですが、夫はADHD/ASDでした。
そのため私のほうが困ることも本当にたくさんありました。
いくつか大きな出来事があったため、現在では私と一緒に通院し、内服もしています。
お互いに欠点のある人間同士、補い合って夫婦としてはうまくいっていると思います。

そして。
今でも夢みたいに思いますが、7年近い不妊治療の末、45歳にして妊娠しました。
現在妊娠8か月です。
夫は15歳年下、付き合った当時まだ大学生だったので、事実婚で始めた治療でした。
産婦人科的には自分は健康でしたので、いざ始めたら
すぐ妊娠できると思っていましたが、とてもじゃないですが甘い考えでした。
体外受精・顕微授精を気が遠くなる回数繰り返し、失敗し時には稽留流産し何度も諦めかけました。
一般に不妊治療は、精神的にまいってしまうか、経済的に無理になるかで
40代前半で諦めることが多いのですが、私の場合は精神的には
双極性障害の”闘病”を超える辛さはなかったので、その都度歯を食いしばってがんばりました。
まあそれでも十分すぎるほど辛かったですけどね。
経済的な問題は、今後子供を持たない人生となれば治療費は丸っと残ると思い必死で働きました。
とはいえ毎月の出費はすごくて、血の滲むような思いで働きました。
結果的には妊娠しましたが、妊娠しなくても悔いの残らない人生にしたい
子供がいてもいなくても、今まで生きてきた私の半生、これからの人生には意味があったんだと
ある意味悟りを開いたような境地になったところで、不思議と妊娠しました。

今世の中は新型コロナ禍で大変ですが、冷静に落ち着いて仕事もしつつ
新しい家族を迎える準備を少しずつ進めております。
とはいえ45歳という超高齢出産のハイリスクなので、無事産まれてくるまで何があるかわかりません。
母子とも健康に出産を終えて、やっと新しい生活のスタート、そこからが本場だと思っています。
双極性障害と発達障害のハイブリッドですから、生まれてくる子はきっととてもユニークでしょう。
それすら楽しみにしつつ、毎日を安全に過ごしたいと思っています。


長い人生、同級生たちとはかなり違った人生になってしまったなあとしみじみ思います。
神様はどうして私にこういう人生を与えたんだろう。
でも、私は私、誰とも違う人生をこれからも歩みたいと思います。


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posted by きらきらちょうちょ at 17:10| Comment(4) | 現在 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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