2010年12月05日

よく寝ること

私は1〜3カ月に1回、数日間のうつ期が来る。
その間は軽躁はなく、“普通”である。

たとえ数日でもうつ期はとても辛く、仕事も休まないといけない。
どうにかうつ期が来ないようにはできないか。

昨日の受診時、主治医に恐る恐るそう聞いてみたところ、返事は
「よく寝ることだね」
であった。
よく寝れば、閾値は必ず下がるでしょう、と。

私も以前と比べると最近はあまり夜更かしもせず
0時前後には寝ているのだが、さらに就寝時間を早くしてはどうかとのこと。
主治医は何と21時には寝ているそうだ。
「努力目標は23時かな」と。

試さないでうつを経験するのなら、どうなるか試してみたいものだ。

よく寝ること。



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posted by きらきらちょうちょ at 21:20| Comment(4) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

希死念慮

今回のうつは希死念慮が強く、とても苦しかった。

うつ状態の希死念慮は、自分で経験するようになって
どんなものなのか初めて身をもって知った。

誰でも嫌なことがあったら一度は口にすることがあるであろう
「あーあ、死にたいなあ・・・」
などという軽い気持ちとは全く違う。
能動的に「死にたい」などというものではなく、
まるで濡れ落ち葉でもベッタリと半身に貼りついて剥がれないかのように
“死”というものが我が身の直ぐ隣に、まさにそこに在るような感覚だ。
教科書的には「うつ病とは死にたくなる病気です」と習うのだが
その意味を遥かに超えた、常に死が共にあるような独特な状態。


毎回うつになると、何かしら理由をつけて必死に死を回避しようとするのだが
今回私が死ぬのを踏みとどまったのは、主治医の存在だった。
精神科医たるもの、患者に死なれた時の惨めさ、落胆はいかほどのものか。
対外的にもそれは恥である。
そんな思いを主治医にさせてはいけない。
そう思って死ぬのをなんとか我慢した。
その他の、たとえば両親や友人は、どうでもよかった。
ただ、主治医のためだけに、生きた。


日本の自殺者の数は、毎年3万人を超えている。
昨年は1日90人近い人が亡くなっている計算だ。

精神科医でなくとも、自殺を減らすために活動をしている医師はいて
たとえば外来で「死にたい」と言う患者と死なない約束をするなど。

しかしなぜ自殺者は減らないのだろうか。
そもそも彼らは、本当に死ぬ可能性のある患者を診ているのだろうか。
目の前の患者が発する「死にたい」という言葉は、
実際はどれほど死に近いのだろう。

本物の希死念慮とは、死がそこにある感覚とはいかほどのものか。
私は自分で経験して初めて、うつの辛さを身をもって知った。
この世で生きていてこれ以上辛いことは他にない。
そしてまさに死がそこにある、死イコール希死念慮、とでもいうような感覚。
この感覚を掴んだ上で、本当に死ぬ可能性のある患者の自殺を止めてこそ
初めて自殺者は減るように思う。



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posted by きらきらちょうちょ at 19:35| Comment(2) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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